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俺がお遍路する、理由が理解出来た。

俺は、小学生の頃
成績も悪く
親が何度も学校に呼び出された。
運動も苦手で
身長も低く
典型的なイジメられっ子だった。
先生にも「ひねくれてる」と言われ
他の生徒も
あとに従った。
毎日、親を心配させたくないので
学校に行くと「イジメ」に合うが辛くても学校に通った。
自殺も考えた、「しかし悪いのは、俺ではない、何で俺が自殺しなければ、いけないのか?」
どうせ死ぬのなら
「やりたい事をやって死のう」
そうして何年が過ぎたろう?

俺の親は成績が悪くても、あまり
俺を怒らなかった
それが、責めてもの救いだった。
23歳の時
「自分の人生は家と会社の往復で終わって良いのか?」と疑問に感じて
自転車で日本一周の冒険旅行に出た。
いろいろな人と出会い、自分の夢はだんだん、大きくなっていった
親にも、だいぶ迷惑、心配をかけた。
そして、親父が癌で苦しみながらも、「俺の将来を心配して死んでいった」
俺は何も、してやる事が出来なかった。
お遍路をしていて、
初めての「お遍路転がし」で親父の事を思い出した。
あの時は、ザックが重くて、たまらなかった。
俺は考えた、この重さは、「俺が今まで親に心配させ続けた、罪の重さだ。
親は、弘法大師と歩いているのでは無い!死んだ親父が俺のザックの上に乗っている、
俺は絶対88番札所最後まで親父を連れて行く、俺が今までしてきた物を見せてやる
俺は絶対諦めない
これが、俺のケジメだ。


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